文学の旅 合宿プラン

(財)三国路与謝野晶子紀行文学館
“椿山房(つばきさんぼう)” オープン

館長 持谷靖子



ごあいさつ

平成十三年四月八日、(財)三国路紀行文学館は館名変更し、与謝野晶子専門文学館として、(財)三国路与謝野晶子紀行文学館愛称椿山房(つばきさんぼう)となりました。もとより、三国路を訪れた文人達、主に与謝野晶子、若山牧水、良寛を中心に中心にその作品と三国路にまつわる資料を中心に展示を行い、その展示からこの地域を紹介したいとの目的をもって運営されていたので、与謝野晶子の企画展示は既に八回を重ねていました。しかし全ての三国路を訪れた文人の展示企画となるとその資料収集の方向性、研究において、ささやかに運営している館にとっては、充実感が常になく、統一性に欠けているものでした。個人的な事由からも,与謝野晶子展示を八回も迎えると、稚拙ながらも更に研究対象の掘下げの要求も感じ、二年前から計画をすすめ、ようやくにして与謝野晶子専門の文学館になったわけです。
 経済的、地域的な理由からも、専門の学芸員を置き公立のような運営は出来ませんが、私の好き勝手に、出来る範囲の、私の与謝野晶子の文学館となりました。これからもこの方向性は変わらず、のんびりと好きな視点から与謝野晶子を研究し、期間や宣伝には気を使わずに、続けて参るつもりです。



 
 カフェ・チンチルベ      椿散るべに椿散るつばき散る細き雨降りうぐいす鳴けば

 まず館の名称ですが、大変長い名前になってしまいました。当館は財団法人ですのでその設立趣意が館名変更によって損なわれてはならないからです。ただし、愛称としては椿山房(つばきさんぼう)といたしました。私自身が今まで椿の木を集めて楽しんでいたことも、与謝野晶子の書斎が「冬柏亭」であることもその愛称の由縁になります。更に県内の椿の愛好家Nさん夫婦が、館の周りを好きな椿にしたいとの私の年来の願いを覚えておられ、密かに来ては、椿を植えられ、百本の各種の椿が館の周りに根付いていました。その椿の庭を見ながら当館のカフェはチンチルベ(椿散るべ)と名づけました。この春は、そのチンチルベで椿の木の花と、その木の下に落ちた花の山を、広いガラス窓越しに見ながら鶯を聞きました。そして去年摘んだカモミールのティーをのんびりと飲みました。我がことながら与謝野晶子専門文学館で、椿の我が庭で鶯を聞いているわが身のこの存在を夢の様に感じたことでした。

 視聴覚室 「蓮」     もしもし、晶子さん・・・

 視聴覚室には、五つのDVDとビデオのための大型スクリーンを入れました。
 晶子の生涯や当地に来て書いて晶子の「法師温泉集」「奥上州」の紀行文や歌を映像と音声で楽しんで頂いております。傑作なのは、昭和初期の電話器が壁に掛けられ、受話器を外し、「もしもし、晶子さん」と声をかけると昭和十一年NHKで放映した晶子の朗詠二十三首が受話器の向こう側から聞こえてくることです。それから、晶子の資料を検索できるPCの机を置きました。事務のPCと連動し、最新資料もすぐに検索することが出来ます。黒光のする松本家具の椅子が二十席の小さな視聴覚室です。いつもは宮崎駿のオルゴールがBGMで流れています。「となりのトトロ」などが・・・?でも私には晶子の歌の中にあるメルヘンが、宮崎駿の物語に何故か通じて来ているのです。



 晶子ギャラリー 「薊」     エキスリブスとやらわかりしやうなわからぬやうな・・・

 『明星』七号に鉄幹がエキスリブリスを載せて、「エキスリブリスとは西洋の蔵書の章とも言うべきものにして・・・、この種の好事は年を追うて我国にも流行することなからんか」と載せ、山川登美子にこの絵の評を促せたのであろう。同八号に登美子が「エキスリブリスとやら、やらわかりしやうなわからぬやうな気がいたし候。絵の評せよとははかなく候。ゆるさせ給え、みなさけに候」と『みだれ髪』欄に出ています。
 この小さいギャラリーでは『明星』の画家たちのシリーズで年二回展示替を行う予定です。当館の先代持谷長一郎がエキスリブリスの収集をしており水からも十種類ほど、前川千帆、
武井武雄、初山滋等の作品を蔵しておったことから、併せて展示。続いて十月からは、「一条成美と明星」と題して、展示替えを行う予定をたてています。

 第一展示室 「白百合」     思うことなく浄らかに・・・

 第一展示室は晶子の生涯を自らの歌で説明しようとの意図で展示しました。常設展示です。二十七歌集を中心に、その他、古典現代語訳、評論、歌論、合著集、童話、小説の著作をほとんど初版本で展示。特に、歌論の最後のコーナーには、晶子の波乱万丈の人生が辿り付いた思うことなく浄らに過ごすことが出来た旅のコーナーとしました。弟子・嶋谷良輔静子夫妻の伊豆一碧湖の山荘の晶子愛用の日本間を再現、その日本間には晶子が当地猿ヶ京への旅の誘惑を感じた三宅克巳画伯の水彩画が、掛かっています。猿ヶ京へ行こうとの嶋谷静子さん宛の毛筆書簡も絵の下に配置されました。他に嶋谷静子さんから当館に寄贈された百八十点の晶子資料を交替で展示するところとなりました。愛用の黒檀の机、それにもたれる晶子、縁側の向こう側には一碧湖が見えます。僅かですが、ハンドフリーの展示となりました。



 第二展示室 「桜」     命と言う悩ましきもの持たざる霧の消え行く・・・

 第二展示室は年一回の企画展示室です。今回は「晶子の旅」を取り上げました。部屋のぐるりの展示ケースは、北海道から九州までの旅、最後のコーナーは満州とパリ。真ん中のケース五個には、群馬県の旅の歌が配されました。煩悩に追われる人間に比して消えては湧き、湧いては消える霧に清々しさと超人間的な神秘を感じた晶子のこの歌は群馬県の榛名山で作られました。晶子晩年の歌は、ちょうど今の私に何かを教えてくれる。二十代には二十代の晶子に、三十代、四十代、五十代もしかり。さて六十代後半になったら、どうしようというのが目下の私の悩みでございます。その悩みを抱えながら、ささやかに晶子の文学館をこれからも運営して参ります。どうかこちらにいらっしゃる機会がありましたら、持谷靖子の文学館まで足を運んで下さい。ちなみに私は猿ヶ京温泉猿ヶ京ホテルの女将が仮の姿でございますから。


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