のぞきからくり のぞきからくりは写巾1間(180センチ)ほどの屋台の上に美しい挿絵の看板をかかげ、下部には5個か6個の覗き 穴をつけ、それにレンズ、ガラス玉をはめて、子供達がそこから覗きます。箱の中の正面の絵が拡大されて見え、 10枚ほどの絵がきわめて簡単な仕掛けで1枚ごとに紐で上方へ引き上げられます。次から次へと変わり一遍の物 語を見せてくれました。 からくり舞台の横に語り手が立ち、ムチで屋台を叩いて拍子をとりつつ、からくり節という古風な哀愁を帯びた口調 で、節おもしろく筋を歌い、同時に紐を操作して、中の絵を切り替えます。当時の出し物には「不如帰」「佐倉宗吾一 代記」「八百屋お七」などがありました。 ![]() ▲公演する内山ミヨさん(巻町郷土資料館提供) 「のぞきからくり」のルーツは以外と古く、「絵解き」と呼ばれた仏の教えや寺の縁起などを掛物に仕立て、それを 物語風に解説(説教)するものが源流であろうとされています。 その後すでにお隣の中国では、17世紀にこれに類するものがあったと推定されますが、我が国では江戸時代(享 保5年=1720)に西洋から、線遠近画法が伝えられると、浮世絵の仲間として「眼鏡絵や浮世絵」と呼ばれるもの に発展し「覗き眼鏡」(正保3年=1646年には伝来している)と言うレンズを通して見るようになり、一般大衆に観賞 されるようになりました。 はじめは「おおのぞき」と呼ばれる、一個の箱に一個のレンズで一枚の絵を見る形式でしたが、後にはこの箱を数 個並べて順次覗き、一連の物語が構成される仕組みに発展し、江戸時代後期(1760年代)に改良されて現代の素 型になったものと思われます。 ▲のぞきからくり(巻町郷土資料館提供) そして、文明開化の波に乗り、大衆娯楽施設の充実の共に、一層の改良が加えられ、ガス灯やカーバイトランプ、 更に電灯とその光源の発達変化によって、より華麗な教えが描かれ、立体感を深めるように工夫されて現存のもの となったのでした。 やがて、活動写真(映画)の登場と、子供達には紙芝居が巡回すると衰退がはじまり、昭和初期(10年頃)までは まだ祭礼、縁日などの演じ物として余脈を保っていましたが、戦後は完全にその姿を消してしまいました。 ここに展示してある「のぞきからくり」は、新潟県西釜原郡巻町に現存している本物を参考に作成したもので、大き さは本物の約1/2。内部のk楽嬰機構などはほぼ正確に再現してあります。
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