| 私は毎晩、民話を語っている。語りはじめて20年。 聞きはじめて30年以上がたつ。今まで20年間も語 り続けられたのは、私に民話を語ってくれた古老やそ の家族に魅せられ、その優しさを伝えたいと心底思っ たからだ。 大黒柱を背負った場所に座り、民話をゆったりと語 る古老は、「口寂しいところには人はよらないよ」と、 訪問者にいつも細やかな気配りを見せ、記事のお腹の ことまで心配する。民話を聞きに古老の家を訪ねた私 はいつも、ついつい長居してしまった。 ところが時代とともに、語り手の活躍する場が減っ た。それは、昔話や民話の語り手がいなくなったから ではなく、聞き手がいなくなったから。私はこの土地 を訪れた人々に民話を語り、古老の世話役として東京 まで語りの旅にも同行した。古老たちは「この歳にし て,世に出られるとは」と、大勢の人前で話すことを 喜び、そして若返った。古老の中には300以上の民 話を語れる人もいた。聞き手を得た語り手は、40人 近くまでになった。 平成13年に開催された、第16回国民文化祭・ぐ んま2001では、当村・新治村での民話の文化祭を 提言した。しかし本番を前に古老たちは相次いで逝去 してしまった。残されたのは古老たちの声を録音した 古いテープと、走り書きのノート。古老たちの口真似 をしながら語りはじめていた私は、村主催の民話教室 の講師になった。文化祭では民話教室で民話を習った 新しい語り手が活躍した。新しい語り手は、古いテー プの中から"言葉の宝石"を見つけ、古いノートから 忘れかけていた笑いを取り戻した。 その後、社会福祉、地域文化活動がはじまり、地元 猿ヶ京小学校の民話クラブ誕生、五年生の学校支援隊 での授業。民話に続いての方言の研究も、と張り切る 日々が続く。 そして今年の12月、村の事業で建設される日帰り 温泉「まん天星の湯」と、村内に大正時代からあった 芝居小屋を移築した「でんでこ座三国館」が完成する。 併設の「民話と紙芝居の家」は、公益文化事業だけで なく、観光客に語りや紙芝居を楽しんでもらうための、 NPOにいはるこども文化塾の活動拠点になる予定だ。 山里の温泉場に残る民話が今、地元の新しい語り手、 小学校の民話クラブの子供たちへとバトンタッチされ てゆく。かくいう私も、古老たちのような語りとは、 と自問しながらも、とにかく語り継いでゆこうと思っ ている。 (もちたに やすこ) |