みちの智恵
NPO法人 「にいはるこども文化塾」理事長 持谷 靖子

上毛新聞 2003年7月2日(水)『女性の活躍支える”道”』より

新治村猿ヶ京ー三国街道で栄えた当時の名残をとどめる関所跡。
そこにこもる古人(いにしえびと)の心までも、後の世に伝えたいー
と、動き出した人がいる。猿ヶ京ホテルの女将(おかみ)のかたわら、
NPO法人「にいはるこども文化塾」理事長として土地の民話を子供達
に伝承し、猿ヶ京関所資料館長として”街道の名残をとどめる”活動
をしている持谷靖子さんが、道に深くつながる旧跡存続への思いを
つづる。持谷さんは県教育委員長などの公職のほか、地元の与謝野
晶子紀行文学館長もつとめる。

 ハア−花と東京と新潟を中で結んで45里 ここは上
越国境・・・。
 これは、今は亡き歌手、三橋美智也が歌った「猿ヶ
京音頭」である。猿ヶ京は街道の要害の地、猿ヶ京関
所があって、江戸越後の往環道として大名の参勤交
代、幕府のお役人、商人や旅人や越後の瞽女(ごぜ)
たちの血脈であった。昭和27年には戦後いち早く県指
定史跡に登録されている。

 昭和30年、三国トンネルが開いて、ダム湖が完成し、
「関所と温泉と湖の三つぞろえだ」「えっ、じゃ天下の箱
根と同じだ」とばかり、村は沸き立った。猿ヶ京音頭をレ
コード会社に頼んで作詞作曲してもらい、歌謡界の大御
所の美智也が歌ったのである。
 新しい宿や、飲食店、ストリップ劇場もできた。今、人
造湖は静かに水を湛(たた)え四季の周囲に遊歩道が
でき、春は小鳥の声、夏は納涼、秋は紅葉を楽しむこと
ができる。関所役宅はそう多くは訪れる人もないが当時
のままに残され、道の研究者、良寛道として新潟の良
寛研究家との交流の場として少しの役目を果たしてい
る。
 肝心の街道は国道17号とあるところで併行、また縦走
し、その役目は国道に渡し、様相を変えたが静かに残さ
れている。

 特に三国峠を中心とした山道8`は、植物観察の道、
歴史の道となった。なったというのは、一人よがりの私
感であろうか。いつの間にか私の計画する「三国街道
のお花畑ハイキング」は十何回になり、関所守りになっ
て、散逸した関所資料を集め細々と給料を叩(たた)き
ながら資料館の体裁を保っている。
 関所と街道には取り締まりの方法、街道守りや生き
る智恵など人間の叡智が詰まっている。その関所をも
っと自慢したい。この7月26日に、「猿ヶ京関所塾」第
一回を開く。毎月有志を募り、コンサートと、街道で運
ばれた越後瞽女の話、旅芸人が持ち込んだ江戸の
話、この土地で温められて熟成した語りの会などを計
画している。入場無料で投げ銭を頂き、経費にしたり、
親が子にいじめられているように国道17号の信号に
阻まれて小さくなっている関所を何とか世に出してや
りたいと思う。



(上毛新聞 2003年7月2日(水)『女性の活躍支える”道”』より)
戻る