―押しつけの古里演出は何を目標とするか
「生活大国」へ通じる
私が館長を務める(財)三国路紀行文学館で第六回牧水展「山崎斌と若山牧水」を開催した。
山崎斌氏は草木染めで県無形文化財の山崎青樹氏の父君である。
明治二十五年、信州善光寺街道麻積村本陣に生まれた斌氏は十八歳の時、信州を訪れた二十
六歳の牧水と家族同様の交わりを結び、島崎藤村に師事し小説も書き、藤村をして第二の国
木田独歩と称賛せしめ、ロシア文学に憧(あこが)れるも革命のため果たせず、朝鮮京城で
「京城日報」の記者として徳富蘇峰と机を並べ、「半島文学」等刊行主催した人物であった。
遺作は小説七編、随筆二編、詳伝および編著作五編、句集三集、短歌二集、創刊雑誌八、短
編七、文庫刊行、木活限定印行本二十編以上、文学作品はざっとこんな数だ。
さらに、明治以来の外国からの化学染料と日本古来の草根木皮を材料とした染めを「草木染
め」と命名し、氏が山行、水行し復元し完成した。『日本固有草木染系譜』はじめ、草木染
め三部作等の工芸雑誌をなんと邦字英字で刊行した。群馬との関わりは、むろん、長子青樹
氏が斌氏の理想を展開するのに群馬を選び、それを群馬に根付かせたことであろう。しかし
、山崎斌氏を何かと一口で説明することは大変難しい。
さた、高度経済成長を遂げバブルのはじけた日本人は今「生活大国」を目指そうと指導され
ている。その内容を見ると言葉面は山崎斌氏が提唱した「月明運動」と似通うので驚いた。
「月の光も粗末にすまい吾が国のありがたい古さを新しく生かしましょう。海山の間に見捨
てられた物を見出して利用しましょう。住みよく、着ごごちよく、また質素でおいしい食事
をしましょう。歌も詠い、俳句も詠んで、茶を点て、花も生けて、生活を楽しみましょう」
というのが月明運動の提唱であった。
だが、そのころ日本政府は世界大戦を目前にして、それどころではなかったし一般の人も右
に倣いであった。その中で知識階級は山崎氏の後ろ盾となって月明運動を支援した。
文化生活向上のため
氏は「月明」という月刊雑誌を出版し、顧問に、島崎藤村、新村出、徳富蘇峰、近衛秀麿、
編修には大木惇夫、前川千帆、安成二郎らで、川端康成、相馬御風、吉井勇、若山喜志子ら
が、恒に投稿している。
楽しい雑誌で衣食住が中心、衣では手織機の講習、染めの草木探し、食では手作りのうまい
もの紹介、住では月の明かりは0.二四メートル、燭光で新聞が読める事実を紹介し、この
事実が軽んぜられていることを、問題としているという風である。
この雑誌は「生活文化雑誌」であると氏はその言葉を副題にしているが、編修人の詩人大木
惇夫が「生活に文化なんておかしい」といったところ、氏は「詩人が言葉をつくるのではな
かったか」といったと言うが、今では大学に生活文化科があると聞く。
また、今、日本中の市町村で「……村」、「……ふるさと」、「……里」が花ざかりで氏の
保存した草木染め、手漉(す)き和紙等が花ざかりである。押しつけの「ふるさと」の演出
は何を目的としているのだろうか。日常の文化向上のため、私は山崎斌氏の提唱した月明運
動の趣旨をあえてここに掲げた。
今年、山崎斌生誕百年、日本はやっと生活文化を言い始めたばかりだ。