上毛新聞と私の村
財団法人 三国路紀行文学館館長 持谷 靖子
 ―発見できる〃地元が分からぬ地元の良さ〃

  大切な地元ニュース

訪れる観光客に私なりのおもてなしの一つが文学館で、地元の情報は旅人 にとって旅の楽しみの一つ。必要に駆られて地元の民話を集め、読んで、 聞かせ、私自身も民話集を出版したり、企業内新聞等を作ることが一つの 業になってから、私にとって地元のニュースは一ばん大切で、上毛新聞は まず生活になくてはならない生活必需品である。
前橋の商人の娘に生まれた私は、小さいときから上毛新聞で知る県内の政 治、経済、事件が父にとって不可欠のものであったので、上毛新聞と他の 全国紙、経済新聞と三紙以上は常に購読をしていた環境にあった。
ところが、嫁いだ村に来て驚いた。約二千五百世帯の内、五百―六百世帯 きり上毛新聞は購読されていない。第一位は毎月の購読料が安い全国紙で あった。新聞を取る理由は安いのが一番。事件、ニュースなどはどの新聞 も大体同じだからとのこと。上毛新聞を取らないのは経済的余裕がないか ら。あれば地元紙だから購読したいけれど全国紙の県内版を見ればどうに か県内のことも分かる。もし、もう一部新聞を取っても良いと言われれば 上毛新聞であるという。
上毛新聞を見たいときは、役場か、医者か、銀行か、理髪店に行ってみる のだという。村人の上毛新聞も見方は、まず県内のニュース、三面記事と か、各市町村の議会のこととか、市町村のスポーツ、県議会のこと。国際 政治面や、国内政治面のことは後回しになる。
それから他県に旅(仕事ではなく)に出たとき、その土地の新聞を読むこ とは実に面白いと言う人がいた。地方新聞に載っている名もない氏神社の 祭りが面白そうだったり、底の市町村主催の講演会に出てみたり、結構、 旅に出るとその土地の新聞が面白いのだと。
さて、観光群馬、温泉群馬各温泉地の宿はお客様に上毛新聞をお見せして いる宿は何件くらいか。もう一つ、新聞一面の題字下にある広告欄や、一 面の一番目につく広告欄は、抱いていい津も同じ顔ぶれであるけれども新 聞社に人の親戚(しんせき)ででもあるのだろうか、と言った人もいた。

  地域、個人の励みにも

  私は上毛新聞をありがたいと思っている。記者がコマネズミのように県内 を走り回り、地方のどんな小さな記事でも丹念に記事にすること、名もな い私立団体の活動や小さな親切など、どの記事をとっても隣の街も頑張っ ているなあ、隣の人も、同業者も…。私たちが経営している文化活動の理 解等、関連している市町村、団体、個人にとって何よりの励みとなってい る。地元の人が見て感じないことを、あるいは国のレベルで見落としてし まう小さな地域の小さな活動を報道してくれる。
地元の良さを地元民が分からないと言うことは結構多いものである。上毛 新聞紙上から、地元でだれがどんな活動をしているのか、それがどんな価 値があるのか初めて知ることがある。今、情報過多で人は情報の中で溺 (おぼ)れていると言う話を聞いたが、私は決してそうは思わない。読者 が好む情報を手を替え、品を替えている情報網の過多に過ぎない。
毎朝夕の新聞、毎週・毎月の雑誌等、情報大量消費の情報機関の中から私 たちは読むべきものを本当に見分けているだろうか。バブルがはじけて無 料郵送出版物が少なくなり、義理の読み物が少なくなった。今こそ、私は、 地元紙の購読を、そして精読を村の人に勧めている。教養のある主筆と記 者、専門学者の寄稿家を多く有している地元紙は、一番身近な世相を知る ための読み物であり、世相を代表する県民自身であろうと。



持谷靖子随筆集(視点 オピニオン21)  (平成5年7月30日)
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