群馬県指定史跡

猿ヶ京関所資料館

江戸時代のパスポート館〜

ご挨拶

猿ヶ京関所とその役宅
 
ここに関所が置かれたのは1631(寛永8)年で
最初沼田藩主真田氏が管理しました。真田氏が改
易後は幕府の代官が支配しました。関所の建物は
長さ18メートル、幅12.6メートルもあり、高野・木村
戸部・片野の四家が交替で関守を勤めました。現在
その関守片野家の役宅が残されています。

猿ヶ京関所資料館
 その役宅の建物を利用して、関所を通過した人々と
関所手形、昔の旅、猿ヶ京関所付近絵地図と参考図
良寛使用の通行手形などを展示しております。
 貴重な関所の役宅の建築自体をご覧になることが
出来ると共に関連資料で江戸時代の三国街道の旅
を学習することができます。

猿ヶ京関所資料館(猿ヶ京関所役宅)外観


ご覧になりたい項目をクリックしてください。

昔の旅 猿ヶ京関所付近絵地図と参考絵図 関所を通過した人々と関所手形
特別展示 良寛使用と思われる通行手形 ご利用と交通のご案内
関所のはじまり 関守の仕事と改めの様子 関所の立地と建物


 @ 茅葺天井の間(かやぶきてんじょうのま)
 
テーマ 昔の旅 
 ・昔の旅人の持ち物
 「旅行用心帳」
 その他の展示物

この部屋でまず全体のご説明
 をVTR(ビデオ)でご覧頂きます


 1、枕そろばん
 2、道中そろばん
 3、矢立
 4、胴乱
 5、印籠
 6、磁石
 7、道中とっくり
 8、道中鏡
 9、隠れキリシタンの念持仏
10、懐中念持仏

11、旅ちょうちん
12、折りたたみろうそく立て
13、道中はかり
14、札入れ
15、御百くじ
16、商人の関所門通行証
17、財布のいろいろ
18、大福帳
19、大名の関札
20、日本最古の藩札
 
 ・昔の三国街道 宿場の生活を偲ばせる物

 1、女性用枕と一般用枕
 2、宿場・茶店の看板
 3、両替屋の看板
 4、大そろばん
 
 5、升付銭箱
 6、宿場の火鉢
 7、猿ヶ京温泉の明治時代の看板
 8、沼田藩の藩札
  
 猿ヶ京の宿の生活
  猿ヶ京関所のある宿場では、赤谷川が関所の手前に流れ、良く氾濫したの
で川止めの宿場であったし、関所の前の宿場としての記録がある。関所役人
の扶持米を請けたり、越後大名の参勤交代の役があり、何かと物入りであっ
た。次の永井の宿が越後米の集散地として栄えていたのを妬み、永井を通ら
ず三国峠に通じる治部新道を新設するなど、道に頼って生きていた宿場であっ
たことを示す事件もあった。

上に戻る


 A 六畳 中の間(ろくじょうなかのま)
 テーマ 猿ヶ京関所付近絵地図と参考絵図
  旅人が必携の持ち物に街道絵図、道中記などがあります。普通旅人が持
ち歩く 道中記、あるいは幕府が使用した絵図、猿ヶ京の村人が使用した絵図
を展示 しています。

 関所の立地と建物
 天保三年(1832)に関所を修復した際の普請帳は修理内容・
材料・経費など詳細に記録され、関所資料としては全国的に重
要であるが、それによれば国道17号上に関所の御門があった。
関所の構造は、行間七間四尺内四尺の椽があり、梁間二間半
で一間の板ひさしがあった。表椽は巾三尺、長さ七間四尺、上間の
前には四尺の椽。内部は八畳・十二畳・七畳であった。下図絵は
その資料を元にして作った復元図である。同古文書によると、天保
三年の修復は大雪などで傷んだ番所や表門、裏門、登塀などで、
屋根はカヤ、部材は松と栗、畳は近江表と琉球表。屋根板や腰板の
保護のため防腐剤として「柿しぶ」を塗っていたことなどが分かった。

上に戻る
 猿ヶ京関の図(文化10年5月) 片野一司氏所蔵原図による

  展示物 

 ・猿ヶ京関所付近絵図 猿ヶ京区有文書

 ・三国街道絵図 江戸中期作

 ・分間延絵図例弊使街道群馬県の分の絵図 東京国立博物館蔵 復刻

上に戻る

 B 八畳 奥の間 (はちじょう おくのま)
 テーマ 関所を通過した人々と関所手形
 
・珍しい通行手形
 1、草津温泉湯治女の通し方
 2、天下御免の初鮭のお通り
 3、天保の義人 生田万の使っ   .
   た武器の通過
 4、婚姻、養子、婿養子の手形
 5、越後産の鉛の手形


 ・関所供え付の備具
 1、弓・・・五張り
 2、槍・・・五筋
 3、鉄砲・・・十挺
 4、三つ道具・・・(つく棒、さすまた、ひねり)一組
 5、棒・・・十二本

 一般庶民の他に関所を通った人々
 ● 巡検使
   幕府から直接派遣され、全国を見て回る役で
  将軍代替わりの時に各地の天領、各藩領の統
  治の様子を見て、幕府の政治が円滑に行われ
  ているか報告する。記録では三国街道には六
  代将軍から十二代将軍までの計七回訪れている。

 ● 佐渡奉行と新潟奉行
   大名の通行の際は宿場が潤ったが、幕府の
  役人でもある佐渡奉行と新潟奉行は予算がなく
  安い宿泊料、休憩料の上、継立などの労役が加
  わり、宿場の庶民からは歓迎されなかった。
   幕末に外国との折衝を担当した川路聖膜は、佐
  渡奉行の折りの日記『島根のすさみ』で永井本陣
  に泊まった際の付近の様子などを記しているが、
  永井本陣日記にもその時の川路の休泊の記録が
  残されている。

 ● 大名とその家中
   越後から江戸に出るには三つのルートがあり、
  越後の諸大名のルートも三つに分かれていた。
   三国街道を通ることが出来たのは長岡藩と村
  松藩だけであった。
   村上藩、新発田藩は会津回り、与板藩、高田
  藩は信州回り。しかし最短距離の三国街道が好
  まれ、幕末も近くなった宝暦十年(1760年)に
  新発田藩主溝口出雲守が、寛政八年(1796年)
  に村上藩主内藤越前守が、文政年間には与板藩
  主、また高田藩も三国街道を通るようになった。
   大名は数々の規制があったので自由には通れ
  なかったが、その家中の往来は三国街道が利用
  されることが多かったようである。

 ● 佐渡金山の水替人足
   幕府は佐渡の金山を直轄料とし、開発した結果
   金の採掘量が日本一の金山となり、重要な財源
   とした。一方、江戸では享保頃から無宿者の数が
   増加したので、これを捕らえた場合は「佐渡送り」
   となった。三国峠にも長岡藩の者が人足を護送中、
   なだれに合い、とうまる駕籠の人が助かり、家中の
   者が全員遭難という悲しい話が残されている。

上に戻る

 C 奥脇の間(おくわきのま)
 テーマ 良寛使用と思われる通行手形
 これまでの定説では、良寛は母が死亡した翌年天明四年は、
師国仙と旅にあり、母の一年忌法要に出た後、出雲崎から
信州松本へ入り善光寺へ回ったとされている。しかし、この
猿ヶ京関所手形の発見により、その定説が果たして正しい
のか謎が生まれた。

上に戻る

 D 特別展示
  毎年八月〜十二月は四季に応じて猿ヶ京関所に関する美術品
 あるいは歴史資料を展示します。

 猿ヶ京関所のはじま
 関所の歴史は古い。古代には都を守るために天下の三
関所が設けられ、中世になると関銭の取り立てが主な
目的になり、朝廷、幕府、大社等が交通の要所に関所を
設け財源とした。戦国時代、特に織田信長、豊臣秀吉は
経済発展のため、領国内の関所を商業交通の促進の
ために撤廃し、外国との自由貿易を活発にした。江戸幕
府は、治安を目的に創設六十年間に全国に五十三ヶ所
の関所を設け、旅人や荷物の移動の監視はもちろん、「入
り鉄砲に出女」といって、大名の反乱を防ぐため、江戸に
武具が入ることと、人質の大名の妻子が国元へひそか
に帰ることを警戒したのである。

 猿ヶ京関所の開設は、新治村「須川記」によれば、寛政
八年五月、三代征夷大将軍徳川家光の時に始まった。
 江戸幕府は全国五十三ヶ所の関所のうち、主要な関所
として二十三ヶ所の関所を挙げ、五街道に次ぐ佐渡金
山の御金道、三国街道の関所として重要視し、北の守り
としてそのひとつに挙げている。

 三国街道は江戸から高崎まで中山道と道を一つにし、
三国峠を越えて新潟まで通じ、越後諸藩の大名、あるい
は幕府の新潟、佐渡奉行等の通行があった。
 開設当時の関守は「真田中記」等、沼田真田藩の管理
下にあったが、天和元年、真田改易時に、新たに四人が
関守となり、後の猿ヶ京関所「関所明細帳」に高野、木村、
戸部、片野氏の名が出ている。この四人は世襲で、廃止
される明治元年九月まで関所と運命を共にしている。
 
上に戻る
 関守の仕事と改めの様子
 関守は二人宛三十日毎に交代で服務し、通関時間は明六つ(午
前六時)から、暮六つ(午後六時)で、明六つで門が開き、旅人
は溜りで人改めの順番を待ち、呼び出され、番所前にひざまづき調
べられた。手形を持たない人や犯罪者は、密かに間道を通ると、
関所破りと呼ばれ、捕まれば磔(はりつけ)、捕まって吟味中に
牢屋で死んだ者でも、塩漬けにされ刑場で磔にされるほど重い
罪であった。幕末には手形のない旅人でも、猿ヶ京の宿屋や茶
店の印鑑を貰い、五十文で通されていた。

上に戻る
 
 ご利用のご案内
 
 開館時間 午前9時〜午後5時
 開館日  毎週金・土・日曜日 (臨時休館あり)
 入館料
一般 団体(20名様以上)
一般 500円 450円
大・高・中学生 300円 250円


 交通のご案内
 ・関越自動車道月夜野インターより国道17号線を
  新潟方面に約16キロメートル。
 ・JR上越線後閑駅・上越新幹線上毛高原駅より
  猿ヶ京行きバス35分猿ヶ京関所前下車。

 ご連絡先
 〒379-14 群馬県利根郡新治村猿ヶ京1144
 рO278-66-1156 FAX0278-66-1180
 上記不在時はрO278-66-1110 三国路与謝野晶子紀行文学館
 またはрO278-66-1101 猿ヶ京ホテルにお問い合わせください。

上に戻る

  晩秋の関所資料館



三国路与謝野晶子紀行文学館に戻る
猿ヶ京ホテルに戻る